最高裁判所第二小法廷 平成9年(オ)2323号 判決 1998年11月06日
名古屋市緑区青山一丁目二九番地
上告人
森屋功夫
右訴訟代理人弁護士
西村諒一
名古屋市天白区植田南二丁目二二八番地
被上告人
株式会社近江屋商店
右代表者清算人
丹羽昭治
右当事者間の名古屋高等裁判所平成七年(ネ)第四三七号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成九年九月一一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人西村諒一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治)
(平成九年(オ)第二三二三号 上告人 森屋功夫)
上告代理人西村諒一の上告理由
一 原判決には、判決に影響を及ぼす事が明らかな採証法則上の違背、事実上の推定に於ける経験則違背、それに伴う事実の誤認及び理由不備があり、且つ、上告人側の主張に照らすならば、当然に審理判断されてしかるべき事柄につき、これをしなければ判決の結論が明らかに実体的真実に反するものとの可能性が高かったのであるから、これにつき釈明権の行使をするなど審理を尽すべく義務があったのにこれを怠った違法(審理不尽)がある(民訴法三九四条、同三九五条)。
以下、判決文に従い、これらの点を順次、述べたい。
二 「原判決での判断」では、第一審の判決の理由欄「一」及び「二」の説示をそのまま引用し、同判決文一四枚目表三行目の冒頭から同末行の末尾まで、原判決の通り、改めたものである。第一審判決理由に対する上告人の見解は、平成七年六月一四日付準備書面で詳細に主張したところである。
三 原審での約二年間に亘る審理では、主たる争点が、本件発明(二)の方法に関連して、被上告人の使用したエマライトによる方法でシリコン油(樹脂)が使用されていたかどうかにあった。
この点、原判決では、いとも簡単に、理研ビタミン株式会社に対する調査嘱託回答書に基き、エマライトにシリコン油は使用されていないとの結論を下した。
そもそも、この調査嘱託申出は、被上告人側から行われたものである。訴外理研ビタミン株式会社は、エマライトの製造販売事務を行う唯一の会社であり、裁判中も、被上告人側から時々、訴訟告知の当事者としたい旨の発言があったほどの関係会社であり、上告人にとっては、むしろ、被上告人側に属すべき関係者だととらえていたものである。又、その回答書は、様式上正式な会社の回答書とはいえないものであり、単なる一私人の立場から回答されたものである。甲五六号証(エマルジーAの商品表示)及び甲五六号証(財団法人日本食品分析センターによる分析試験成績書)の分析結果に示されているように、エマルジーAには、シリコン油が極微量含まれていたのである。
ところが、残念な事に、裁判の段階では、エマライトはすでに製造販売されていなかったので、これが入手できず(平成九年四月二六日付調査嘱託回答書<株式会社あいち研醸社のもの>)、分析試験ができなかったものである(なお、被上告人は、平成八年六月頃に廃業している<乙一一号証>)。
前記回答書は、エマルジーAにもエマライトにも、シリコン油は添加された事実はない、と答え、真向から前記分析結果と対立したのである。
そこで、上告人は、平成九年五月九日付準備書面で、右回答書の内容が前記分析資料(甲五六号証、甲五七号証)に照らし、全く信憑性のないことを明らかにしたものである。なお、甲七九号証にあるエマルジースーパーは、理研ビタミン株式会社の製造による製品であり、これにも、シリコン油(樹脂)が含まれている。
ところが、原判決では、回答内容の簡単な記述にも拘らず、いとも容易にエマライトにはシリコン油は含まれている事実はないと判断した。
しかし、この様な回答書を重要な証拠資料として採用するのであれば、上告人が、この回答書に関しいろいろの側面から反論した如く、回答書自体、内容に実体的真実に反する可能性が高かったのであるから、適切に、釈明権を行使し、審理をつくすべき義務があったものというべきであり、且つ、上告人側の各種証拠につき、これを採用しなかったなんらかの理由をのべて然るべきものである。
この点、審理不盡、理由不備の違法があるものと思料する。
四 次に、検体(甲二九号証)が被上告人のであるかどうかの点について、現在、日本で製造され市販されている豆腐には、すべて、極微量のシリコン油が含まれている事は、公知の事実(豆腐業界)である(甲五三号証・甲五四号証・甲八一号証)。食品衛生法上、加工助剤(消泡剤)としては、シリコン油(樹脂)のみがその使用を許されている。而も、人体に有害物質であるので、使用基準(量)としては、厳格に極微量の使用が認められているにすぎない(甲五三号証)。
豆腐には、必ず、加工助剤(消泡剤)としてのシリコン油が含まれていることは、上告人及び被上告人が提出したすべての豆腐の分析結果をみれば明らかである。すなわち、甲二九号証、甲四一号証(甲四二号証ないし甲五〇号証の内容の説明)、甲四四号証、甲四五号証及び甲四六号証(これは、いずれの豆腐にも五PPM以下含まれている趣旨で提出したもの)、甲四七号証及び甲四八号証(同様、二PPM含まれていること)、乙一二号証の一ないし乙一四号証の三、にみる如くである。なお、甲七三号証、甲七四号証、甲七五号証、甲七七号証は、豆腐のパックの中の水の分析結果を示すもので、豆腐自体の分析結果ではない(これらの点は、平成九年六月五日付準備書面第五項に記載したもの)。
すべての豆腐に極微量のシリコン油(加工助剤、消泡作用)が含まれている事実は、豆腐業界では、公知の事柄であるが、他方、以上の甲号証、乙号証の分析結果からみても、その事は極めて高い蓋然性を有するものである。
従って、原判決が云うように、例えば、検体(甲二九号証)が甲四六号証、甲四八号証、上告人本人(第一審)の供述からは、直ちに被上告人のものと認められないとしても、これとは関係なく、すべての豆腐にシリコン油が入っていることは経験則上認められて然るべき事柄である。
この点、被上告人は、「検体(甲二九号証)につき、被上告人のものかどうか知らないとか、甲四五号証が比較対象すべき検体に該当するか否かについて何の証明もない」(被上告人提出の平成七年一二月一九日付凖備書面二枚目表六行目)などと答えるのみであり、もし、この段階で検体の真否を争うのであれば、被上告人は、自ら製造した豆腐につき、これを検体として分析を行い、これを重要な反証として裁判上真実発見のために提出するのが誠意ある態度であるというべきものであり、この容易にできた筈の積極的に求められるべき反証をあえて行うことなく、時に、エマライトの製造販売者に対する訴訟告知をほのめかしたり、後刻、触れるように、ポリスケレンの豆腐容器(乙一〇号証)の事を持出したりして、豆腐それ自体の検体の問題について、全く、反証を行っていない。被上告人は、乙一二号証、乙一三号証、乙一四号証等を提出して、これら第三者の豆腐業者の製造にかかる豆腐の分析結果を明らかにしているのであるから、なぜ、被上告人自らの製造にかかる豆腐の分析結果を行い、これを有力な反証として提出しなかったのか、甚だ納得のゆかない事柄である。
以上のような諸事情、諸証拠、訴訟経過に照らしてみるに、検体(甲二九号証)が、その弁論の全趣旨からみて、被上告人の製造にかかる豆腐であるとの事実上の推定(経験則による)も首肯されるべきものと思料する。
更に、敷衍するに、原判決は、被上告人が検体(甲二九号証)は被上告人のものかどうか知らないと答えている点のみをとらえ、この検体が、被上告人の製造した豆腐であったと認めるに足りる証拠がないといっている。
しかし、仮に一歩讓ったとしても、先に示した甲四一号証等及び乙一二号証等の各証拠にある如くすべての豆腐の検体の分析結果によると、いずれも、シリコン油が検出されているのであり、又、逆説的な云い方ではあるが、豆腐の中にはシリコン油が含まれていないものもあるとの趣旨の文献はどこにもないのであって、この点、すべての豆腐には、従って、被上告人の豆腐にも、シリコン油が含まれていると言う事は、経験則上充分推定され得るところである。
折角、積みあげてきた事実審理の結果を原判決がいとも簡単に崩してしまうことは、経験則に著しく反するもので、この点、法令違背の謗りを免れ得ないものと思料する。
五 第三に原判決理由(三枚目表一行目から六行目)では、「証拠(乙一〇号証)によると、ポリスケレンの豆腐容器にはシリコン油(樹脂)が剥離剤として塗布されていることからすると、右検出結果は、被上告人がイ号方法及びロ号方法において使用するエマライトにシリコン油(樹脂)が含まれていたことによるものと必ずしもいえない」と認定している。この点については、上告人は、平成九年六月五日付準備書面第三項で豆腐容器(小売販売用の小さな容器)に剥離剤として塗布されたシリコン油(樹脂)が、常温の状態で、容器の水を通して(シリコン油が水に溶けて)更に、豆腐の本体の中へ混入すると言う事は、化学的にあり得ない事を甲七七号証、甲七三号証、甲七四号証、甲七五号証(いずれも、日本食品分析センターによるもの)の分析結果と共に明確に主張、立証したところである(この化学的変化の有無については、右準備書面で、詳細に記述したもの)。
この点、原判決は、自然法則(化学法則)に基く因果関係を無視し、明らかに経験則に違背した解釈をしたものというべく且つ、いたずらに採証法則を誤ったものとしかいいようがない。
六 第四に、原判決(三枚目表六行目から一〇行目)では、「証拠(甲八一号証)によれば、シリコン樹脂と共に、グリセリン脂肪酸エステルにも消泡作用があることが認められる」と簡単に結論している。
しかし、これは上告人が、甲八一号証を他の証拠(甲八二号証・甲八三号証・甲八四号証等)と共に証拠として提出した各証拠の立証趣旨を吟味しないで、単に、甲八一号証の記載の一部分(表の配列)のみに着目して、消泡作用ありと速断した誤りをしたものである(この点、後述する)。
しかし、上告人が、自らの不利益となる証拠をわざわざ提出するという事は、常識上、殆どあり得ない事柄である。
なぜ、上告人が、それにもかかわらず甲八一号証等の証拠を提出したのか、それは、裁判所に実体的真実を把握して貰いたい一念から、甲八二号証ないし甲八六号証と共に、あえて、証拠の立証趣旨を開示し乍ら、提出したものである(上告人提出の平成九年六月五日付準備書面第一項ないし第四項で主張)。
上告人の立証趣旨は、グリセリン脂肪酸エステル自体(単体)では消泡作用は全くない、という点にあったものである。
グリセリン脂肪酸エステルは、あくまでも乳化剤(脂肪<油>を水に分散させる作用、乳化作用)である。例えば、本件のように、ゴ(大豆を粉砕したもの)と水を煮釜の中で沸騰させると、豆乳となり泡がふき上がるので、この発泡を押えるために、シリコン油の強力な消泡作用を利用して、極微量のシリコン油を混入しているのである。
グリセリン脂肪酸エステルは、乳化作用の他に、起泡(発泡)作用を併せもつ性質のある物質である。
原判決では、上告人提出の甲八一号証ないし甲八六号証につき、右証拠提出にかかる立証趣旨に反し、甲八一号証の記載内容を正確にとらえないで、グリセリン脂肪酸エステル単体のみで消泡作用があると誤解している。しかし、これは明白な誤りである。
自然科学(化学界)では、グリセリン脂肪酸エステル単体に消泡作用がない事は、公知の事実である(甲五二号証・甲五三号証)。
もし、グリセリン脂肪酸エステルに消泡作用があるというのであれば、わざわざ、人体に悪影響(危険)を及ぼすシリコン油を加工助剤として極微量でも使用する事は、常識上あり得ない事ことであり、又、食品衛生法上もその食品への使用を全面的に、禁止したものと考えられる。ところが、煮釜の中で、ゴ(大豆を粉砕したもの)と湯とグリセリン脂肪酸エステル等の混合物体を煮沸した場合、烈しく発泡し、豆乳が大量に釜からあふれ出す危険があったり、又、同様、他の例として、食用油も煮沸する場合、発泡し、火災発生の危険のおそれがある等のため、これらの発泡を押えて危険を防ぐため、食品衛生法上、やむなくシリコン油を厳格な使用基準(量)を定めて、その使用を許したものである(甲八二号証)。
グリセリン脂肪酸エステルは、乳化剤であり、本件の豆腐製造に於いては、シリコン油の増量剤として使用されているのである(グリセリン脂肪酸エステルに、極微量でも強力な消泡作用のあるシリコン油を混合して、この混合物を豆腐製造用の消泡剤として市販したもの)。
厚生省は、一九九三年(甲八一号証)に至り、食品衛生法上の規定ではじめて、シリコン油(樹脂)を加工助剤として表示し、豆腐製造の際、厳格な使用基準(量的規制)を定めた上、基準量以下の場合に限り、市販(小売)される豆腐内容を示すラベルの成分表示からシリコン油のみの表示免除を許したものである。
従って、一九九二年以前に販売されていた豆腐(小売のもの)のラベルには、シリコン油も成分内容として、表示されていたのである。
右の通り、エマルジーA(甲五六号証)等の内容成立の表示にあたっても、極微量のシリコン油の表示を行わないで、専ら、その増量剤の役目を果すグリセリン脂肪酸エステル等の成分内容を表示し、これを豆腐製造用の消泡剤と称して、豆腐業者に販売してきたものである(平成八年二月一五日付準備書面)。
なお、エマルジースーパー(甲七九号証)の商品には、成分内容としてシリコン油(樹脂)の記載があり、これを使用して製造された豆腐(小売のもの)の表示について「表示不要、豆腐用の一次消泡剤として使用する場合は、加工助剤ゆえ表示不要です」との記載がある(理研ビタミン株式会社の製造の商品)。
グリセリン脂肪酸エステルは、食品衛生法上、加工助剤ではないことは公知の事実である(平成九年六月五日付準備書面)。
なお、蛇足ではあるが、甲八一号証のうち、二枚目の「豆腐」と題した項の表の一部分の説明をしたい。
使用する可能性のある添加物名 分類 使用基凖 表示例
グリセリン脂肪酸エステルシリコン樹脂 ソルビタン脂肪酸エステル 消泡剤 使用基凖なし 消泡の目的以外に使用してはならない。0.050g/kg以下(シリコン樹脂として) 使用基凖なし 表示免除(加工助剤)
ショ糖脂肪酸エステル 乳化剤 使用基凖なし 乳化剤
原判決では、右表の分類欄にグリセリン脂肪酸エステルの横に消泡剤と書いてあるので、グリセリン脂肪酸エステル単体を消泡剤として取り間違えたものである。あるいは、グリセリン脂肪酸エステルも、シリコン樹脂も、又、ソルビタン脂肪酸エステルも、この三物質はいずれも単体で、消泡剤と誤解したものとしか考えられない。
右表からも読み取れるように、この三物質のうち、厳格な使用基準が定められているのはシリコン樹脂のみである。
更に、表示例欄をみるに、表示免除(加工助剤)との記載がある。この三物質のうち、加工助剤はシリコン樹脂のみであり、グリセリン脂肪酸エステル等は、加工助剤でなく、表示免除を受けていない食品添加物である。
又、甲八一号証のうち、三枚目の「油揚げ」と題した項の表では、シリコン樹脂のみが消泡剤と記載され、グリセリン脂肪酸エステル等は乳化剤と記載されている。右のように「豆腐」の項の表は、誤解されやすい記載となっている。
なお、上告人が本件特許を出願した当時(昭和五七年)には、豆腐の表示に関しては、シリコン樹脂の表示免除はなかったし、加工助剤という言葉もなかった。
七 原判決では、「エマライトにシリコン油が含まれ、かつ、これに六〇度C以上の熱湯が混合されておれば、イ号方法のa1及びロ号方法のa2の各構成要件はいずれも本件発明(二)のA4の構成要件を充足することになる」といっているので、更に、この点にもふれたいと思う。
もっとも、原判決では、エマライトにシリコン油が含まれていないと認定して、直ちに、本件請求を棄却している。
しかし、右の点については、前述の如く原判決の違法を指摘してきたところである。そこで、もう一つの点である「六〇度C以上の熱湯が混合されておれば」という点について、簡単に意見を述べたいと思う。
ゴ(大豆を粉砕したもの)を煮釜の中へおくるときは、水か湯と一緒に混ぜてから入れられるものである。
煮釜の中で、ゴと湯の混合物(液体)が六〇度C以上一〇〇度C位の高温で煮沸され、その結果、豆乳ができる。この時、一時的に均質乳化された状態の豆乳ができるのであるが、この均質乳化された豆乳(豆乳の各成分が、均質となっている事)は、そのままだと不均質化の状態(豆乳からユバや泡ができる)となるため、これを避けるために苦汁分散剤(又はエマライト)を豆乳に混入して、豆乳の均質乳化の維持の方法を創出したものである(これが、本件特許方法の新規性の一つ)(平成六年五月三〇日付準備書面)。
その際、豆乳の一成分である油脂(大豆の中の一成分)と乳化剤(苦汁分散剤又はエマライトの一成分内容であるグリセリン脂肪酸エステル<乳化剤>)と反応するのであるが、その反応のためには、必ず約六〇度Cの湯水が介在していなければ(油脂と水とを乳化させるために約六〇度Cの水温が必要)乳化作用が生じない。このようなことから、少量の苦汁分散剤を煮釜の中に入っている豆乳(この段階では、豆乳は六〇度Cないし一〇〇度C前後の煮沸状態となっている)に混入するに際し、予め苦汁分散剤(食用植物油脂、リン脂質<レシチン>、グリセリン脂肪酸エステル、塩化マグネシウムの各成分)を水とまぜて使用するにあたり、温度六〇度Cの湯水とまぜて行った方が良いと考えてあえて、「六〇度Cの熱湯を混合して」と記載したのにすぎない。苦汁分散剤の各成分をとにかく、水又は湯で溶し使用するのであって、この場合、水の温度はこの特許方法の新規性、特長性とは関連性はない。
苦汁分散剤とエマライトは、全く同じ成分内容組成であり(平成六年七月一日付準備書面)、両者は、水又は湯水で溶された液体状で煮沸している煮釜の中へ混入されるのであるから、六〇度C以上の液体であろうが、常温の液体であろうが、その事自体豆腐製造工程の段階では全く新規性の問題を生ずる余地はなく、両者は同一性の範疇にあるものである。
八 次に本件発明(三)について。
前記第三項から第七項までの記述は、主として本件発明(二)に関連して、シリコン油(樹脂)が使用されていたかどうかの点にあった。その記述は、豆腐製造方法の全工程に関するものであり、従って、本件発明(三)にもあてはまるもりである。但し、本件発明(三)の特許請求の範囲にはシリコン油(樹脂)の記載が除かれていることが重要な相違点である。
従って、本件発明(三)とイ号及びロ号方法との対比にあたっては、シリコン油を含むか(使用しているか)どうかは、吟味外の事柄である。
ところで、原判決では、イ号・ロ号方法には、シリコン油の使用が認められないとした上で、この本件発明(二)による請求を棄却したものであるから、続いて、本件発明(三)(甲二号証の三)について、本訴請求が維持されるべきかどうかを改めて、判断すべきであったと考える。
この本件発明(三)の第一審判決に対する上告人の新たな見解(主張)は、平成七年六月一四日付準備書面(六枚目表七行目以下)及び平成八年二月一五日付準備書面(七頁以下)で述べたところであるが、以下、本件発明(三)に関して、今一度、上告人の追加的見解を述べたいと思う。
九 第一審判決(原判決も同様と解せられる)では、本件発明(三)の構成要件A5に対応する構成は、イ号及びロ号方法には存在しない、と結論した。しかし、これは誤りである。
本件発明(三)の構成要件A5及びB5に対応するのは、イ号方法及びロ号方法の構成要件a1又はa2である。
本件発明(三)の構成要件A5及びB5は、「天然の苦汁(塩化マグネシウム)に苦汁分散剤を混合して、この配合物を定量の豆乳に添加、反応させる」工程であり、イ号及びロ号方法の構成要件a1又はa2は「所定量の消泡剤(エマライト)を加えた豆乳を注ぐ」工程とされているものであって、その表現の差はあるもののその工程内容は、同一である。
第一審判決(原判決も)では、この比較対比すべき構成要件の工程を取違えている。本件発明(三)の場合には、構成要件A5及び同B5(第一審判決一一頁一二行目から後四行目まで)と構成要件a1又は構成要件a2(同判決一三頁の末行目及び同判決一四頁一〇行目)とのみを対比し吟味すべきところであった。
しかるに、同判決では、構成要件a1又は同a2の他に範囲を拡張して、構成要件C1及び同C2をも、構成要件A5及びB5との対比の対象のなかに含まれるものと誤解して判断している。平成七年六月一四日付準備書面六枚目七行目以下で、上告人が主張してきたように、構成要件C1及び同C2は、豆腐製造方法工程に於いては、第二段階の工程に入るものであって、本件発明(三)の特許それ自体の請求範囲に含まれない部分の工程のものである(甲二号証の三)。
すなわち、豆腐製造の全工程のうち、第一段階の工程である構成要件A5及び同B5と構成要件a1又は同a2とを対比して、構成要件の充足の有無を判断すべきものであった。
この両者の工程が、同一であることは(但し、シリコン油の使用の点のみ除いて)、本件発明(二)に関する第一審判決(原判決)でも確認したものである。すなわち、判決では、エマライトにシリコン油が含まれていれば、本件発明(二)の構成要件を充足するとまで言い切っている事からも、この事実は、窺知し得べき事柄である。
一〇 右の点に関連して、本件発明(三)の方法(甲二号証の三、特許公報)の実施例とイ号、ロ号方法の実施例に於けるそれぞれの苦汁分散剤とエマライトの配合物の成分構成を比較すると自ずから右の事実が、一層明確に推定される。
〔一〕本件発明(三)の実施例(甲二号証の三の記載による)。
天然の苦汁(塩化マグネシウムの含有量二〇kg)に一〇kgの水と大豆油脂六四kgとグリセリン脂肪酸エステル八kg、レシチン八kgに、約一〇〇度C以上の熱湯三〇〇kgを混合して、得た全体の温度が八〇度Cになった混台物をホモゲナイザー(均質する機械)で、均質乳化させたものから水分を除去した配合物(苦汁分散剤)の成分割合をみると、
塩化マグネシウム 二〇%
食用植物油脂 六四%
グリセリン脂肪酸エステル 八%
レシチン 八%
となっている。
〔二〕他方、イ号方法及びロ号方法の実施例(平成五年五月二五日準備書面三頁目)。
エマライトの成分割合は、
炭酸マグネシウム 二〇%
食用植物油脂 六四%
グリセリン脂肪酸エステル 八%
レシチン 八%
となっている。
右のように苦汁分散剤とエマライトは、同一の成分割合を保持しているのである。なお、右二例に示す如く、エマライトには塩化マグネシウムの代りに炭酸マグネシウムを配置しているが、これは、マグネシウム化合物が水に対し一定の組成を保つ事、すなわち、均質化の維持を保つ性質に着日し、これを豆乳に加えて、「均質乳化の維持」を目的としたものにすぎなく、塩化マグネシウムとの単なる置換にすぎない。この置換は、化学医薬業界の技術者にとっては容易に推考できるものであり、現に、エマライトは、昭和六〇年になって初めて、大手会社によって発売されたものである(平成七年六月一四日付準備書面七枚目、乙六、七号証)。
なお、本件発明(二)、(三)は、いずれも、昭和五七年度の特許出願、昭和五九年度の特許公開となっている。
一一 右のようにイ号及びロ号方法のa1又はa2の各構成要件は、いずれも、本件発明(三)のA5及びB5の構成要件を充足するものである。
従って、右構成要件A5及びB5が、本件発明(三)の「特許請求の範囲」そのものであるから、イ号及びロ号方法が、本件発明(三)の技術的範囲に属する事は明らかである。
以上、本件発明(三)についても、第一審判決(原判決)は、明らかに重要な事項について、判断の逸脱もしくは理由に齟齬ありというべく且つ、法解決(適用)を誤ったというべきである。
一二 以上いずれの点よりするも、原判決は違法であり、破棄されるべきものと思料する。
以上